『弱キャラ友崎くん』Lv.1 ~ライトノベルの読者層に合わせた対人関係に関する指南書~

※本編のネタバレを含む感想です。

 

対人スキル弱者が円滑な社会生活を送るため、特にオタクが人間関係おいて優位なポジションに成り上がるための指南書。

作中では「人生は神ゲー」「人生は努力で攻略可能」「努力で手にしたモノは美しい」「人生をクソゲーと言うのは努力してリア充学園生活を経験してから言え」という類の表現が多々されていて、オタク(読者)に実社会(学校社会)での生きにくさは努力で解決できる、努力こそが救いだと訴える自己啓発本のようなライトノベル

ライトノベルという二次元創作で理想を描くのではなく、三次元(実社会)絶対主義というの表現するのは見たことなかったので、こういう作品を創りたい作家さんもいるのか、という感じである。

 

帯の宣伝文句によると特に高校生(リアル世代)にウケてるらしい。

ライトノベルを読むオタクの大半は読まんと死ぬくらいのこだわりを持たない、ただ惰性で理想を追いかけ妄想に逃避する消費者であろう。この手の人はオタクをしたくてオタクをしているというより、社会や周囲の環境によりオタクにならざるを得なかっただけなので、結局心の内ではリア充になりたく、陽キャラに対する羨望が強い。

そうした人間のうち一部は大学生になると、ライトめなオタサーサブカルサークルや集合写真が悉く覇気のない陰キャラ顔で埋め尽くられてるサークルといった二軍三軍の低レベルな環境で遅れた青春を取り戻そうと奮闘しだすが、まさにその戦場に誘導しているのが本作。

リアルには日南葵というマンツーマンの教師役がいないので現実は厳しい。

人生において対人スキルはとても重要な要素だが、その要素のみで人生勝ち負け論を展開するのも浅さを感じる(リア充=彼女持ちが価値という構図の見せつけでオタクを煽動する)。語れているのは所属組織内での生き方の戦略まで、ではないだろうか。

 

スマブラが日本一ということが取り柄の主人公の友崎文也は、冒頭で「自分は能力のない弱キャラに生まれたから人生は負け続けるだけの不平等なクソゲー」と実社会に対して評しているが、その数ページ後に「負けた人間が努力せずにそれを正当化するのがなによりも嫌い」と豪語し、(この時点で矛盾っぽいが)同じく「負けた人間が努力せずにそれを正当化するのがなによりも嫌い」というヒロインの日南葵に「人生という攻略可能なゲームに本気で向き合いなさい」と言われ、実社会での自分を磨く努力を始める。

教師役のヒロイン・日南葵が講義をし、主人公が学園生活で実践を重ねることで少しずつ成長していくことの繰り返しが物語のルーティンで骨組みにある。

葵の指導は、例えば、人の見た目は、表情・体格・姿勢が大事であり特に口元の印象改善のために食事睡眠以外の時間を常に笑みでいることを主人公に命じる。

そして主人公は言われたお題をすんなりと愚直にこなす。ゲームとまるで方向性の違う泥臭い努力に軽々と対応できている。人生をゲームと捉えるマインドセットの変化のみで言い訳せずに努力できるのだから、能力がかなり高い。

しかし、実社会での自分に絶望していた割には、変わり身が非常にあっさりではないか。勿論自我を感じる描写もある(自分の世界を守ることのほうが大切と語っている)が、没個性な主人公と見なさざるを得ない。

このあたり「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」と本作は非常に対象的に感じる。比企谷八幡は誰の説得にも動じないほど社会を憎んでいるが、友崎文也は簡単に手のひらを返した。というかそもそも社会を病的には憎んでおらず、まさに空っぽに生きている読者層に合わせた存在である。あまりにも場当たり的なゆとり脳。”弱キャラ”とはキャラが弱く没個性という意味なのかもしれない。

小学館ライトノベル大賞のゲスト審査員だった渡航先生は以下のように述べている。

キャラクターがただ状況の説明と物語を動かすためだけに存在している点が非常に残念です。この点については根本的な改善をするべきでしょう。

 私も同じような印象だ。テーマのための道具としてキャラが存在してるだけに見えてしまう。

葵に関しては努力の鬼という設定だが行動原理が不透明なため人間味が薄く、やはり記号的に感じられる。

しかし、葵の与えた課題と意味の説明を見ると、実際にどれほど効果があるのかは判断付かないにしろ、確かにこれをやったらうまく行きそうだと思ってしまうし、葵が言うからこそ自分もやってみようかなと思える。だから自己啓発本としては素晴らしく、その点が高校生の支持を集めたのではないかと思う。

この対人スキルのレベルアップの過程は、成果をワンステップずつ逐一確認するから読み易い。

極度な努力厨に見える葵も後半では「すべての努力が報われるとは言わないけど、そこまで高くない目標に向けた努力なら、正しく行えば誰でも必ず報われる」と発言してくれたので真実味があった。延々とダラダラ生きているよりも、少し頑張っただけ得する期待値の高い努力はした方がいい。成功者の絶対数が多い物事ほど、この言葉の通りだろう。

その他にも、葵の台詞から学べることや共感することは多く、面白い。

 

主人公の特徴的要素であるスマブラに関してはただひたすらに無双でなろう状態であった。

終盤に「努力もしねえで人の努力を笑う人間がいっちばん嫌いなんだよ!」と絶叫しているが、つい最近まで好きなゲーム以外で努力(好きだからやってることを努力といっていいのかは微妙だが)してこなかった人間に言われても全然心が震えない。ただ主人公の善悪の価値観を知れただけで終盤は完全に盛り下がっている。

 

かく言う自分も対人スキルのない陰キャラオタクなので、感化される部分もあるが、せいぜい良ゲー止まりの欺瞞たる人生(社会)を、どう説得して神ゲーであると訴えるのかは気になる。

葵の指導の下、少しずつレベルアップする主人公を見守りつつ、対人関係の処世術を学ぶ自己啓発本として活用するのがおすすめ。

優鈴(名前がかわいい)やみみみみたいな捻くれてないモブみたいな人には効く。